ijoffice2010-08-09





「9月の“市川準・集”のこと」〜神楽坂・その2〜   

         



「神楽坂」の交差点にさしかかると
懐かしい味が蘇る。


知り合って初めての秋、
私が研究所(デッサンの)を休んでいたある夜のこと。
市川青年は突然、我が家へやって来た。
初めての来訪だった。
家族の注目を一身に浴びる中、
「お見舞いに・・・」と大きな袋をゴソゴソさせ、
「家の近所の・・・美味しい・・・でもどうかな・・・」なんて、
言いながら差し出した、透けたパッケージの中身は、
ドーナツの上にパステルカラーの花を咲かせた様な
可愛い「リングのお菓子」だった。


口の中でフヮァーとバニラの甘さが拡がって
バームクーヘンの食感にもよく似た、その「リングのお菓子」は
我が家の定番となり、
買い出し役の彼の窮屈なカバンを経由し、
私の手提げ袋の中で揺さぶりを受け、家のテーブルへと辿り着いていた。


ある時 彼が、
「夏はね、お菓子が(上のデコレーションが)溶けちゃうからね、(長い時間はもたないらしい)」とか、
「店がまだ開いていなかったんだよ(待っている訳にはいかないし)」などと言って、
手元に届かなくなったある日のこと
「ごめんね・・・」と謝り、
閉店を告げられた。


お堀に面した殺風景な舗道には立っているだけでいろんな声が聞こえる。







                       市川 幸子