リレー日記も9回目となりました。

今回はプロデューサーの井上文雄さんです。監督からは「ぶんちゃん、ぶんちゃん」と呼ばれていました。
ぶんさんの肩には「神輿タコ」ができているほどのお祭り男。
映画「病院〜」の実景にもありました、浅草神社三社祭は今年700年にあたるそうです。
今年も、より気合いを入れて、お神輿を担ぐぶんさんの姿があるはずです。



「市川さん」                      

                                    井上文雄

通常は監督を「監督」と呼ぶが市川監督は「市川さん」だ。

イケイケ助監督で俺が現場は回していると大きな勘違いしていた時代に市川さんと出会った、作品は「つぐみ」。
撮影所体制末期で自らを活動屋と名乗る猛者たちに理不尽な精神論と体力優先の映画作りを睡眠時間と交換に酒を糧に学んだ。映画屋は無頼漢とか異端児とか枠から外れることばかりを好んだ時代。
先輩から次回作はCM界の大御所が監督だと言われた。
「本当の映画の撮り方を教えてやれよ」すでに対立構図が出来ていた。



初顔合わせ、会議室に猫背の大柄の市川さんが現れた。
「市川です…」聞こえるか聞こえないかの挨拶に拍子抜けした。
人懐っこい目と穏やかな語り口は今まで接してきた監督たちとは大きく違っていた。
打ち合わせは脚本の感想から好きな映画の話に変わりに右へ左へブレながら「つぐみ」がやらかしそうな行動はどんなことかを語り合った。
頼まれもしないのにその夜に買ったばかりのワープロで自分が思う「つぐみエピソード」を朝までかかってまとめた。
そして翌日に手渡した。
市川さんは少し驚いていたが「読んでみるよ、ありがとう」なんだか判らないがとても楽しかった。
戦闘モードどころか一夜にして市川さんの魅力?人柄?人身術?にやられてしまった自分がいた。



その後「たどんとちくわ」「竜馬の妻とその夫と愛人」のチーフ助監督、TVドラマ「春、バーニーズで」をプロデューサーでやらせてもらった。
作品中は無理難題をとぼけた顔でさらっと言い放ち、膨大な改訂脚本を毎朝渡されダンドリを狂わされた。
ただ「それが市川さん」と言う事で対応するしかなくまたそれをクリアしていく事が快感となっていった。
しかしたまにみんなが「市川さん」ではなく「監督!」と呼ぶ時があった。
要求が限度を超したのだ。
そんな時、市川さんは本当に淋しそうな顔をするのでみんなは覚悟したように要求解決に向かって動き出した。

市川組の日常劇場。



作品製作中ではなくたまにお会いしてグダグダ飲んでいる時が一番楽しかった。
俺の反応を探りながら最新企画の話を興奮気味に熱く語る市川さんはいつも自慢げだった。
究極に削ぎ取られた脚本は感覚的で市川さんの思いすべてを把握出来ず、反応が悪いとか問題点を指摘するとあからさまに不機嫌になりひどい時は「もういいよ」と帰ってしまった。
数日後にいつもの声で「あ〜市川です。電話下さい」と留守電が入る。
折り返すと「あそこ直したから読んでみない、面白くなったよ」判ります?これが市川さん、素敵です。
会うたびに言われた言葉、いつも言ってくれた言葉、俺にとっての市川さんの愛情表現。

「ぶんちゃんの撮った映画、早くみたいな」

本当にすみません、間に合いませんでした。
だけどずるいです、早すぎますよ、市川さん。

畜生!またダンドリを狂わされた。「監督!」